


5月18日、19日にオランウータンの移動作業を計画していました。小さな、小さな森の取り残されて、生きていくことが難しいオランウータンをタビンの大きな森(12万ヘクタール:東京23区の2倍の面積)に移動させる作業です。1ヶ月ぐらい前からレンジャーが調査をして5頭以上のオランウータンがいることを確認できていました。アブラヤシプランテーションとマングローブに囲まれた小さな森なのですぐに捕まると楽観視していたら18日7時間も森の中を捜しましたが、うまく隠れられて発見できず。それまで数時間で終わると思っていたレンジャーも、おかしいぞ!!!と真剣になり始めました。
撮影隊は7時間小さな森の中をジグザグに歩かされて、消耗してしまい。疲れた!を連発。森の周りを観察するとあちこちに巣があり、昨日そこで寝たと思われる寝床の巣がいくつも見つかりました。でも、やっぱり森の中での鬼ごっこはオランウータンにはかないません。写真は小さな森のあちこちにあるオランウータンの巣(寝床)です。撮影隊は19日も発見は難しいだろうとあきらめかけていたところ、レンジャーのジョンが出発してすぐにオランウータンを発見。ずっと隠れていましたが、若いオスだったのでしびれを切らせて木を動かしてしまって見つかってしまいました。
1時間で捕獲に成功、セピロックの診療所に運び、寄生虫検査、伝染病の検査をしてから22日タビンの森に移動してもらうことになりました。小さな森にとどまっていては食糧がないため、地面に降り、草の新芽やプランテーションに侵入してアブラヤシを食べるしかありません。彼女も見つからないかもしれないし、命をつなぐことはほぼ不可能でしょう。地球にやさしい植物油脂から作った洗剤や私たちの食べ物のせいで奪われていくオランウータンやたくさんの生物の命、そして、助けなくてはならない命がたくさんあります。
こんなことをしてどうなるのかな、ほとんどの人は自分の営む生活の為に追いやられ、奪われる命に関心を払ってくれません。作業が終わった後、徒労感やむなしさを感じるてしまいます。でも、誰かがこの作業をしなければ、伝えなければ誰も気がついてくれないと考え直し、気力と体力を維持しなくてはと思った2日間でした。



5月14日にサバ州野生生物l局とボルネオ保全トラストの広報ビデオ作成の為の撮影グループが到着し、SIMCAプロジェクト、セピロックオランウータンリハビリテーションセンター、ゴマントン洞窟保護区、オランウータンの移動作業、キナバタンガンオランウータン保全プロジェクト、キナバタンガン野生生物聖域保護区管理作業、ダガット村ホームステイエコツアー、タビン野生生物保護区管理、ボルネオサイ繁殖プロジェクト、ロカウィ野生生物公園、ボルネオゾウ行動追跡調査のもりだくさんの取材となりました。いろいろハプニング、事故もありましたが、何とか皆さん無事で帰国できました。後2週間ぐらいで最初のドラフトが上がるとのことですが、どのような作りになるか気になるところです。
15日、16日はSIMCAプロジェクトのランカヤン島での取材。政府がNon-profit Corporation (Reef Guardian Trust) に管理を委託し、そのNon-Profit Corporationが資金を確保する手段としてランカヤン島にダイビングリゾートを運営するランカヤンダイブリゾートを設立し、観光事業を運営するというプロジェクトです。Reef Guardian Trust は野生生物局指導のもとに保全業務を実施する。職員の大部分は野生生物局の行う名誉野生生物官研修を受け、野生生物局職員と同じ逮捕権、押収権を与えられた政府からは無給の名誉野生生物官として保全管理に当たるという3者がスマートなパートナーとして保全に当たるというものです。
リゾートに滞在し、ダイビングにくるお客が落とすお金で、RGTは運営され、財政の厳し野生生物局は権限をNPC職員に与え、ときどき監視訪問するだけ。それで、ダイナマイトフィッシングも、違法漁業もほぼ無くなり、サンゴが再生しつつあります。取材中に保護区内を通り過ぎる漁船があり、その臨検の緊張した現場にも遭遇しました。
そして、ウミガメの産卵数も増えてきて、観光客はウミガメの孵化を見学できます。私の行った時は数個のタイマイとアオウミガメが孵化し、お客さんの子供に見守られながら海に帰っていきました。日本からの取材陣は何とか日本でこのようなプロジェクトができないかとしきりに話していました。既得権を守り、権限委譲が難しい日本ではできないプロジェクトでしょうね。



4月18、19日で、東京23区の倍近い12万ヘクタールの面積を有するタビン野生生物保護区のコア-ゾーンに北海道の写真家寺澤孝毅さんと事前調査に行ってきました。コア-ゾーンはタビン野生生物保護区の中で原生保護地域として指定されている、ほとんど伐採されたことがない地域です。科学的調査目的訪問客だけが入ることを許される地域です。
タビン野生生物保護区からかつての伐採道路を約14キロ、そこから藪におおわれたかつての伐採道路を7キロ、鉈で藪を切り開きながら炎天下を歩き、コア-ゾーンのタビン河岸に行きました。いつも湿っているタビンの森ですが、この2月、3月は雨が一滴もふらず、4月に入って雨が降り始めたというものの一度乾燥してしまった森を元のように湿らせるにはまだまだ雨量が足りないようです。熱帯の晴れた中での往復14時間の行軍は、年齢と体力の限界を感じることになりましたが、いろいろと知ることもできました。
今まで見ことがないほど乾燥しているタビンの森。歩くときも葉のカサカサした音が気になるほどでした。やっぱり熱帯雨林は湿ってじとじとしていないと熱帯雨林のらしくないです。タビン事務所から伐採道路を行けるところまでいって、車を降りました。そして、すぐにボルネオゾウのオスの出たばかりのウンチ。あらあら、こんなところで会いたくないな。と言っていたら、寺澤さんは会いたい、会いたいとしきりに言っていました。うんちのサイズからみて、間違いなく単独行のオスゾウ。いくらレンジャーが二人ついてくれているといっても、このゾウには会いたくない!幸い、途中で熱くなったのかゾウの足跡は森の中に消えていて、ホッとしました。
1時間もブッシュにおおわれた伐採道路を歩くうちに高温高湿に慣れていない寺澤さんは消耗してしまい、歩けなくなってしまいました。レンジャーも何とかペースを作ってあげようとするけれど、10分歩いては休む状態。重い取材用のカメラを持っていることもあるけれど、汗が流れ続けていました。私も、おそらく去年1年間でかいた汗を1時間ぐらいでかいているような気がしました。
私も、潰れている右足の骨をかばいながら何とかコア-ゾーンに到着。と言っても、まだまだ伐採された跡が残るコア-ゾーン。そこからまだ2キロほど歩かなくてはならないのですが、寺澤さんがダウン。私も右足首、膝が痛みだして、それ以上のコア-ゾーン深く入ることは時間的に無理でした。でも、素晴らしい森の精に会えたような気がします。コア-ゾーンの森は日中でも暗く、写真がとれません。木の下には大きな祠があり、イノシシが隠れていそうでした。熱帯雨林特有の泥火山にたどり着き、噴火している様子を観察できました。
体力の限界を感じたけれど、私の耳と目と、からだに森の命を記録できたかなと思います。次は、多くの人に知ってもらうためのサバ州野生生物局・BCTジャパン合同コア-ゾーン調査隊組織です。
支柱となっている樹木にまず登って
片手をだして
主に腕をつかって移動
ロープの橋全景
ルサン川は、オランウータンが128頭生息していると推定されている(2003年、KOCP)第一保護区を分断する川です。オランウータンにとっての生態系の分断を解消するため、KOCPはオランウータンが川を渡れるよう、ロープやチェーンなどを数年前からいくつかの場所に架けてきました。
当初は十分な強度を有しているチェーンを1本川の両岸の木に結び付けた簡単なものを架けましたが、熱くて触れなくなるので、ビニールホースでカバーしたrope bridgeに改良しました。数も2本のもの、3本のものと試していきました。しかし、チェーンではなかなか成果が確認できず、BCTジャパン、日本の動物園と協力して、消防ホースの橋も2本架橋しました。
ルサン川には、KOCPは最初はチェーン1本だけ、次はホースでカバーしたチェーン2本を遣ったrope bridgeを架けました。オランウータンが渡っているよと言う漁師からの情報はありましたが、確認できていませんでした。2009年4月BCTジャパンが協力して消防ホースの2号橋を、今回渡ったrope bridgeの近くにかけました。架橋直後オランウータンが消防ホースの橋を触っているよという情報はありましたが、渡ったという証拠写真が得られていませんでした。
2009年7月今回渡ったrope bridgeの1本が切れてしまいましたが、近くにBCTジャパンのかけた橋があるので修理せずに放置していました。
そして、2010年2月ツアーガイドのオスマンさんは、オランウータンが渡っているところを目撃し、写真を撮ることに成功しました。橋自体はシンプルな構造でも、十分な強度を持たせて長い時間をかければ、オランウータンは幅50メートルの川でも渡ることがわかりました。
2010年1月~3月にかけてのキナバタンガン川下流域の河川&生態調査を行ったところ、小河川によってオランウータンの個体群が分断されている箇所が7か所確認されました。いずれの場所も橋を架けられそうな大きな木が見当たらないのですが、小河川による分断には橋は有効な手段であることがわかったので、今後どうするのか、KOCPやSWD、地元の人と検討していきたいと考えています。(坪内)
写真撮影:Mr. AJIRUN OSMAN 写真提供:KOCP

9月末、キナバタンガン河の支流テネガン川に日本の学生さんたちと動物観察に行くと、テナガザルの男の子が女の子に声をかけていて、女の子は対岸の遠くの森で答え、だんだん近づいてきました。場所は去年11月、富永愛さんを案内したときテナガザルの若い男子と女子に出会ったところです。テナガザルは6番目の霊長類、テリトリーに他のテナガザルが入ってくることはないので、富永愛さんと会ったテナガザルです。あのとき、男の子の必死の呼びかけに精いっぱいこたえていた女の子結ばれないまま11カ月嘆き続けているのでしょうか?
かつて森がつながっていたとき、すぐに会うことができた二人もプランテーション開発で森が分断され会うことはできません。生態系の分断が二人の恋を分断し、命を分断している現場での悲壮な叫びでした。 学生さんたちから、結ばれないからより燃え上がる恋、「ロミオとジュリエット効果」ではないか、と教えてもらい、「ロミオとジュリエット効果」という心理学用語があるということを知りました。
でも、この日の最後の場面、男の子との呼び掛けに女の子が答えた後、突然、男の子の動きが止まりました。女の子はしばらく声をかけていたのですが、だんだん遠ざかっていきました。男の子は全く声もあげず、茫然と女の子のほうを見続けているようでした。しばらくして、動かなかった男の子は、何も言わず静かに森に消えていきました。これは、女の子から別れの言葉を言われたのか、あるいは、「今日の会話はこれまでね」と言われたのか、ボートの中で学生さんたちの経験も交えて議論沸騰。女性からは「大丈夫!会話がはずんでいるからまだ別れることはない」とのこと。男子学生から「経験に基づく話だね!」との言葉、答えに困る女子学生さんでした。
この日が別れであったのかどうか、後で調査して報告することになりました。ロミオとジュリエット効果によって燃え上がるテナガザルの恋の分断、日々の私たちの生活が悲しい結末の原因であることを学生さんたちが気にしてくれるようになってくれればいいのですが。

9月11日、ハンティングワールドジャパン代表者の方をキナバタンガン河下流域野生生物聖域保護区第1地区を案内しているとき、悲しそうな顔をしたオランウータンのみなしごに会いました。
キナバタンガン川下流のアバイ村は、野生生物聖域保護区とマングローブに囲まれた小さな漁村。アブラヤシのプランテーションの影響か漁獲量が少なくなり現金収入が減ってしまいました。村人は、村で生きていくために観光客向けの民宿を作りました。コタキナバルの旅行業者もコッテージをつくり、英語をしゃべれる人たち(サンダカンやコタキナバルで教育を受けた人)を雇いました。外国人観光客はコッテージにはたくさんきますが、村人の民宿には言葉の問題もあってあまりきません。村の中は、いくつか新しくできた宿泊施設を巡って、対立をし始めました。観光客が入り、お金が目の前に見えるようになって、村の一体感が失われていきました。
約3年前、きれいなコッテージの周辺に4才ぐらいの女の子を連れたお母さんオランウータンが頻繁に現れるようになったそうです。野生のオランウータンの親子が頻繁にみられることで宿泊客は大喜びしていました。ところが、しばらくしてお母さんのオランウータンが鉄砲で撃たれて殺されてしまいました。
5才以下のオランウータンの子どもが母親なしで自然の中で生きていくことはとても難しいのですが、この子はたくましく生き伸びていました。でも、目の前で人間にお母さんを殺されたことを忘れているとは思えません。私の顔を覗き込んだ表情は、無表情でとても深い悲しみを抱えているように感じました。何とか、悲しみを乗り越えて、生き延びてほしいと思います。
オランウータンの血と肉を奪って広がり続けるアブラヤシプランテーション。そのプランテーションで作られる食糧で生活を営む日本人を含むたくさんの人たち。プランテーションとマングローブの間に立ちつくす村の人たち。オランウータンが簡単に見えるようになったために来るようになった観光客。観光客が落とすお金の為に殺されたお母さんの命。そこから何とか生きようとしている小さな女の子の命。悲しい写真ですが、世界に伝えたい、日本人の生活を見直してもらいたい顔に見えました。
クトゥパッはハリラヤでなくてもマレー系の屋台などに行くと普段も売られていたりします。
マレー風焼き鳥(サテー)屋さんの軒先にぶらさがったりしています。
プアサ(断食)あけのハリラヤはイスラム教徒にとってはお正月のようなもの。プアサの1カ月間は、日の出~日の入りまでの間、イスラム教徒は食べ物はおろか水一滴でさえも口にしません。タバコもご法度。厳粛なイスラム教徒は唾でさえ飲み込みません。貧しくて食べ物に飢えた人々と同じ体験をすることで、その苦しみを身を持って知り、食べ物への感謝の気持ちや慈悲の心を育てようというものだそうです。厳しい1ヶ月の断食を乗り越えられた人々は互いの健闘を称え合い、新しい1年の始まりを祝います。各家庭では伝統料理が並び、オープンハウスと言って、道行く人でも招き食事をふるまいます。
そんな伝統料理の中の代表作がKetupat(クトゥパッ)。
ココヤシの葉を編んで作ったかわいらしい入れ物の中に、ごはんを詰めて炊き上げたもので、ルンダンという牛肉の煮物と一緒に頂きます。この入れ物が簡単そうで作るのはなかなか難しいそうです。ゆるすぎると水分を含みすぎベタベタでおいしくないクトゥパになってしまうしキツすぎると水分が足らず堅いクトゥパになってしまう。ごはんを詰める量も多すぎても少なすぎてもダメなんだそう。
このクトゥパの入れ物は、ハリラヤが近付くと、ショッピングセンターやレストランなど、あちこちでカラフルなテープで作られたものが飾られハリラヤ祭を盛り上げてくれます。
ヒナバ(魚介サラダ)
万能つけだれトゥハウ
サバ州にはイギリスの植民地になる前から多くの民族が暮らしています。
その中でも1番人口が多いのがカザダン・ドゥスン族の伝統料理です。
Hinava(ヒナバ)=魚介サラダ
ヒナバは生魚かエビを用いたサラダで、サバでは最も有名な伝統料理。
生魚を小さく切り、リマウ(ライム)ジュースとお塩、スライスしたシャロット、
ショウガみじん切り、チリを混ぜるだけ。
一口でごはんをモリモリ食べれる美味しさです。
万能つけだれトゥハウ・・
トゥハウ(Tuhau)はおかずというよりツケダレ的な存在。
肉料理や魚料理を頂く時に、一緒にトゥハウを食べます。
材料は新鮮で美味しいショウガ。
トゥハウもリマウジュース、シャロット、チリを混ぜて作ります。
暑くて食欲がない時でも、トゥハウがあると食が進みます。
前まではコタ・キナバル市内でヒナバやトゥハウを
食べれるお店はなかったのですが
今はステラハーバー・リゾートの近くにある
Grace Point(グレース・ポイント)というフードコートで楽しめます。
1番置くの Ethnic Sabah のブースでオーダー可。
Red rice などの伝統料理もあり楽しめます。
コタ・キナバルにお越しの際は、
サバの伝統料理、是非お試し下さい。
夕刻時のコタ・キナバルの空
(自宅裏庭/サイチョウを見た空)
サイチョウの仲間
皆さま初めまして。サバ州コタ・キナバル在住の岸 優子と申します。これから時々、現地の様々な情報をお届けさせて頂きます。どうぞよろしくお願いいたします。
ボルネオの代表的な鳥はサイチョウ。クチバシの上に突起をもつ大型の鳥で、バッサバッサと音をたてて大空を悠々と飛ぶ姿を、キナバタンガン川周辺や、ダナンバレー、タビン野生生物保護区などのジャングルで見ることが出来ます。ずっと街中にはいないものだと思っていました。
ところがある日、ピンク色に染まりつつあるコタ・キナバルの夕空、海のほうから大きな鳥がバッサバッサと飛んで来ました。 「いつものサギかなぁ?でも違うなぁ」と見ていたら・・・何と、飛んできたのはサイチョウの中で最も大きく長い尾を持つ、オナガサイチョウ(英名:Helmeted Hornbill)ではありませんか!コタ・キナバルの街にサイチョウ?幻でも見えたのだろうか!?!?と、飛んで行ってしまった後も放心。
しかし先日、KK沖にあるサピ島に行ったら、隣のガヤ島の森にオナガサイチョウが暮らしているのを発見! コタキナバルでもサイチョウに出会えると知り、とっても幸せな気持ちになりました。